「毎日自習室に通っているのに、成績がまったく上がらない」
こんな相談をよく受ける。
だが、それには明確な理由がある。
快適なだけの空間は、堕落の温床
まず水やお茶をがぶ飲み。
静かで涼しい環境に身を置けば、眠気が襲う。
そのまま机に突っ伏して寝る。
起きたらトイレへ直行。
戻ってまた水分補給。そして再び寝る。
この“睡眠・トイレ・水分補給ループ”で、時間だけが流れていく。
たまに問題を解いたとしても、それきり。やり直しも分析もない。
にもかかわらず、家に帰ればこう言う。
「今日は自習室でがんばった」
──これは勉強ではない。ただの自己満足だ。
監視員がいても、空気を読むだけ
自習室には一応監視員がいる。
だが、寝ていても注意しないことが多い。
下手に声をかけてトラブルになれば、塾にとっても面倒だからだ。
つまり、静かに寝ていれば“無罪放免”。
注意されない=認められている、ではない。
現実はただの「黙認」であり、放置だ。
雑談自習室という末期症状
さらに悪化すれば、複数人でのおしゃべりが始まる。
学校の休み時間の教室と変わらない。
もはや“自習室”の看板が泣いている。
それでも帰宅後は、「今日は勉強がんばった」と言い張る。
ここまで来れば、末期。
家では語られない「現実」
だが、こうした現状を知らないご家庭も多い。
「毎日通ってるし」
「疲れてるみたいだし」
「がんばってると思うし」
──思いたくなる気持ちは分かる。
だが、“行っていた”と“やっていた”はまったく別物だ。
自習室は魔法の箱ではない。
中で何をしたか、それだけが成果を決める。
歩実塾は違う
歩実塾では違う。
寝ていれば、即、叩き起こす。
トイレに長居すれば、ドア越しに怒鳴り込む。
水ばかり飲んでいれば、「何しに来た」とにらまれる。
“ぬるい自習”など一切許さない。
自習室は、勉強する場所だ。
時間を無駄にするなら、帰ってもらって構わない。
甘えは排除する。だから成績が伸びる。
本気の空間でしか、本気の結果は生まれない。