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今の時代、「やらされる」ことは悪のように言われます。
けれど、どんな世界でも一流になった人間は、まず“やらされた”時期を通っている。
スポーツも勉強も同じです。
■ “強制”の時代がつくった強さ
記事に出ていたように、かつての選手は倒れるまで練習した。
丸佳浩選手も「若いころにやらされた練習が土台をつくった」と語っています。
その「やらされた経験」があったからこそ、今、自分の力でやれる。
最初に“やらされた量”が、のちに“自分でやれる幅”を決めるのです。
■ 自主性は“やり切った者”にしか生まれない
「強制が悪い」と言う人ほど、本気でやり切った経験がない。
本気でやらされた人間は、その中で「自分のやり方」「自分の限界」を学ぶ。
やらされることで、初めて“自分の意志”が芽生えるのです。
つまり、自主性は最初からは生まれない。
強制の徹底こそが、自主性の土台です。
■ 「限界までやらせる」ことの意味
高橋氏の「150%やらせて合わなければ納得できる」という言葉。
これは勉強にもまったく同じです。
中途半端にやめれば「やっておけばよかった」と後悔する。
限界までやった者は、「やれるだけやった」と前を向ける。
指導者がやるべきことは、その“150%の経験”を一度は味わわせることです。
■ 歩実塾として
歩実塾では、最初のうちは「やらせます」。
定期試験前は問答無用に朝から夜まで「やらせます」。
勉強の仕方も型に従ってもらう。
「自分で決めなさい」などときれいごとは言いません。
やらされながらでも、続けるうちに“自分のやり方”が見えてくる。
それが本当の自主性です。
やらされるうちに、自分でやる人間になれ。
これが、歩実塾の根っこです。

