明日から神奈川公立高校の志望校変更期間に入るが、
受験で
「自分の実力より上の学校を受ける」
と聞くと、よくこんな言葉が出てくる。
「チャレンジだからいいじゃん」
でも、はっきり言う。
チャレンジとギャンブルは、まったく違う。
同じ「上を受ける」でも、
中身が違えば意味は正反対になる。
チャレンジ受験とは何か
チャレンジ受験には、必ず根拠がある。
たとえば―
- 合格最低点との差が「努力で届く範囲」にある
- 苦手分野がはっきりしていて、対策の方向も見えている
- 模試や過去問で「たまたま」ではなく、複数回それなりの点が出ている
- 本命校に向けた学習の延長線上に、その学校がある
こういう状態で上を受けるのは、挑戦だ。
結果がどうなるかは分からない。
でも、そこに至るまでの道筋はちゃんと見えている。
ギャンブル受験とは何か
一方で、ギャンブル受験にはこういう特徴がある。
- 「ワンチャンいける気がする」
- 「今年は簡単らしい」
- 「倍率が低いから」
- 「当日ハマれば」
これ、全部運任せだ。
努力の積み重ねではなく、
偶然が起きることを祈っているだけ。
しかも厄介なのは、
本人は「チャレンジしてるつもり」なところ。
決定的な違いは「失敗したとき」
チャレンジとギャンブルの違いが一番はっきり出るのは、
うまくいかなかったときだ。
- チャレンジだった場合
→「ここが足りなかった」と次につながる - ギャンブルだった場合
→「運が悪かった」で終わる
後者には、成長が残らない。
受験は、当日で終わりじゃない。
その先の高校生活、大学受験まで続いていく。
何も残らない受験は、ただの消耗だ。
「上を受けるな」と言いたいわけじゃない
誤解しないでほしい。
「上を受けるな」と言いたいわけじゃない。
むしろ、
ちゃんとしたチャレンジなら、どんどんやれと思っている。
でもその前に、必ず自分に問いかけてほしい。
これは、努力の延長か?
それとも、運に期待してるだけか?
この違いが分からないまま受験校を決めると、
受験は「勝負」じゃなく「賭け」になる。
最後に
チャレンジは、
自分の積み上げを信じて前に出ること。
ギャンブルは、
積み上げから目をそらして運に逃げること。
同じ「上を受ける」でも、
中身はまったく別物だ。
どっちの受験をしたいか。
それは、今の行動で決まる。

