世渡り上手の何が悪い? ―内申が教えてくれる、本当に大切なこと―

「あの人とは扱いが違う」と感じたことはないだろうか。

同じ仕事をしているのに、なぜか多めに見てもらえる人がいる。失敗しても「まあ、あいつなら仕方ない」と笑って済まされる人がいる。その差は、いったいどこから来るのか。

答えはシンプルだ。世渡り上手かどうか、それだけだ。


世渡り上手の何が悪い?

他人のことを考え、他人に良くし、他人からよく思われ、信頼を得る。

……いったい、どこに問題があるというのだろう?

いいことずくめではないか。多少の失敗なんか、目をつぶってもらえる。人間関係が円滑になる。チャンスが巡ってくる。そのうえ、周囲の雰囲気まで良くなる。

「ゴマをすっている」「媚びを売っている」と批判する声もある。だが、よく考えてみてほしい。人の気持ちに思いをやり、あれこれ行動することに、何ら悪いことはない。それはむしろ、日本が世界に誇る「おもてなしの精神」そのものではないか。


内申オール5の子が教えてくれること

世渡り上手と処世術。それが中学校では「内申」という形でくっきりと現れる。

内申オール5の生徒とはどんな子か。

この子は大丈夫。人の話もちゃんと聞いているし、課題も損ねない。積極的に物事に関わろうともしている。いろいろ任せて大丈夫。

これは、9人の先生全員からそう評価されているということだ。しかも、人を不愉快にしない礼儀作法まで身についている場合がほとんど。こういう子が世渡り下手であるわけがない。

これを傍目に「チッ」と舌打ちしたところで、それはもうただのやっかみに過ぎない。やっかみばかり言う人間を、誰も相手にしなくなる。せっかく能力があっても日の目を見ないなら、それは能力の持ち腐れだ。実にもったいない。


内申批判は「他責思考」の証拠

「内申制度はおかしい」「先生に気に入られた者勝ちだ」と言う人がいる。

しかし冷静に考えてほしい。自分は悪くない、制度が悪い―そう言い続けることに、何の生産性があるのか。

内申を批判するエネルギーがあるなら、その分だけ人の話を聞き、課題に取り組み、積極的に関わればいい。それだけの話だ。


ゴマはすれ、上手にすれ

志望校がどこであれ、内申は意識した方がいい。受験で有利になるのはもちろんのこと、実はそれ以上に大切なところへつながっているからだ。

内申を高めようとする姿勢は、そのまま社会を生き抜く力になる。信頼を積み上げる力、人間関係を育む力、そして「任せてもらえる人間」になる力だ。

ゴマをするな、ではない。ゴマはすれ、上手にすれ。

人の気持ちを想像し、気の利いた行動をとること。それは処世術であると同時に、人としての成熟でもある。


世渡り上手に、悪いことなど何もない。

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