暗記なき勉強は、ただの空想ごっこだ
「これからは思考力の時代」
「表現力が大事」
「知識よりも活用」
こういった言葉が、まるで正義のように並び立つ昨今。
しかし、断言しよう。
暗記を軽んじた時点で、その勉強は破綻している。
思考力? 表現力?
笑わせるな。土台もないのに、何を築けるというのか。
思考は「知っていること」の組み合わせだ
人は「知らないこと」については、1ミリも考えることができない。
どんなに優れた頭脳を持っていたとしても、素材がなければ動きようがない。
知識は、思考の材料。
暗記は、思考の前提。
公式を知らずに問題は解けない。
語彙を知らずに意見は語れない。
歴史を知らずに社会を語る資格はない。
覚えていないなら、考えることも、語ることもできない。
「表現力」なんて、知識の奴隷だ
言葉にできること=頭に入っていること、だ。
表現とは、知識を言語化し、形にする技術。
つまり、知識量が少ない者は、最初から勝負にならない。
文章力、スピーチ力、面接力。すべて知識と語彙のストック次第。
暗記もしていない者が、何をどう表現できるというのか。
「覚えなくていい」は、ただの逃げだ
「理解すれば暗記は不要」
「必要になったら調べればいい」
――これらは、耳に心地よいだけの詭弁だ。
※詭弁の意味は???
理解とは、すでに覚えているもの同士をつなぐ行為であり、
調べる前に「何を調べるか」が分からなければ、検索すらできない。
つまり、覚えていない人間は、何もできない。
暗記から逃げる者に、学ぶ資格なし
暗記を努力と捉えず、馬鹿らしいと吐き捨てる者がいる。
そういう人間に限って、「自分は思考派です」「発想で勝負」などと言い出す。
違う。
それは「覚える努力をしていない」だけの話だ。
覚えた上で考える者と、覚えないまま考えたフリをする者。
この差は、すぐには見えないかもしれない。
だが、数ヶ月、数年後に決定的な差となって現れる。必ず。
勉強とは、まず覚えることだ
基礎を積むこと。
頭に叩き込むこと。
それが、すべてのスタートだ。
暗記を馬鹿にするな。
暗記を避ける者は、最初から戦場に立ってすらいない。
分かったらとっとと覚えろ!