試練を乗り越え、東京学芸大附属合格! ~合格体験記~

私は小学6年生のときに歩実塾に入塾し、中学1年生からは難関SKコースで勉強していました。

体験授業初日、お母さんが「ではよろしくお願いします」と言って帰っていくのと一緒に、本人も帰ろうとしたのをはっきり覚えています。コントでした。

入塾前は公文に通っていたため、特に英語には自信がありました。それでも、先生方の授業を受けると、自分の理解が浅かったことが分かりました。また、中学2年〜3年になると、先生の解説を自分なりに落とし込んでより深く理解することができ、その結果自分の成長も実感できるようになりました。

中1,2のころは英数国中心の学習で、定期試験前は理社もしっかりやるスタイルでした。

自信のあった英語は中2の秋の駿台模試では91点。偏差値71.9、全国21位、県内だと4位という結果を残しました。

中学3年生になり、進路を考え始めると、難関私立高校だけでなく国立高校や公立高校も選択肢に入ってきました。そのときはまだどこを第一志望にするか決めていませんでしたが、そういう高校を受ける可能性もあったため、難関SKコースに加え公立上位コースで理社も勉強することになりました。

難関SKコースの英数国に加え、理社を本格的に加える。これは英数国が少しでも怪しいとなれば勧められません(普通ならそのまま中3時に公立上位コースに完全移籍)。英数国の基盤ができていたからこそできた選択だったのです。

夏期講習は、朝は出された課題と前日の理社の授業動画を見て、昼間は難関SKコースの勉強をし…の繰り返しでした。それまでよりもやることが遥かに増えたため、ものすごく大変で疲れましたが、次第にこなせるようになりました。

夏期講習、塾に来るのは昼過ぎからだが、課題は朝に発表され、結局1日中勉強しないといけない。でも習慣の力というのはすごいですね。「次第にこなせるように」なるんだから。

夏期講習が終わった後も、平日は難関SKコースで英数国を、週末は公立上位コースで理社のテスト演習を続けていました。特に理科はもともと苦手だったうえ、難関SKコースでは扱わず普段あまりやっていなかったこともあり、最後まで点数が上がりませんでした。しかし、11月末の全県模試・駿台模試頃からようやく結果に表れてきました。また、この時期に東京学芸大学附属高校を第一志望に決め、それに向けてより一層理社中心に勉強していきました。

理科は中3の初めは全県模試で偏差値60付近をうろちょろ。しかし11月、12月、そして最後の1月と一気に偏差値は68→71→76と爆発。また、11月末の特色検査模試では95点で、偏差値80over(計測不能)という素晴らしい結果を出したのでした。

また、駿台模試でも11月はものすごい安定感ぶりを発揮、3教科でも5教科でも偏差値は65を超え、早慶を始めとする難関私立も、国立高校も、もちろん公立高校も大丈夫なのだろうなという結果を修めてくれたのです。

東京学芸大附属については、おそらく学校見学に行ってフィーリングが合ったのでしょう。

冬期講習では午前中に公立高校の過去問を解き、午後は問題集や学芸大学附属高校の過去問をひたすら解きました。おかげで、過去問の点数も少しずつ安定し、全県模試でも過去最高点を出せました。

最後の全県模試は5教科偏差値77でフィニッシュ。翠嵐だろうが湘南だろうがどこでも挑戦していいよな、という結果を残しました。

さて、第1志望校の学芸大附属の入試です。

入試本番、英語で時間配分をミスしてしまい、マークシートの1/3を塗り忘れるという大失敗をしてしまったため、もう終わりだと思いました。それでも「ここで諦めとらこれまでの全てが終わってしまう!」と自分に言い聞かせ、応援してくださった先生方や家族、友達を思い出して、なんとかやりきりました。

ふつう受からないでしょう。マークシート1/3塗り忘れたら。そんな入試を終えて帰ってきた本人は帰宅するなり泣き崩れたと言います。無理もありません。あれだけの失敗をすれば、誰だって「終わった」と思うでしょう。報告を受けた私も「やっちまったな」と思いました。その日くらいは落ち込んでいい。とことん泣けばいい。問題は翌日だと思っていました。失敗を引きずり続けるのか。それとも、いったん受け止めて前を向けるのか。
しかし、なんと、やらかした当日、オンラインでやや遅れて勉強を始めたのです。そして翌日には普段通り塾に来ました。何事もなかったかのように席に着き、公立入試へ向けた最後の準備を始めたのです。あの切り替えこそが、胆力です。

合格発表直前まで確実に不合格だと思っていましたが、結果として合格をいただけてとても嬉しいです。ここまでやってこれたのは、歩実塾の先生方のおかげです。ありがとうございました!

合格発表の日は、塾で最後の調整をしていました。発表の時間には塾にいたわけで、連絡があるとしたら、ご家庭からあるところ、時間を過ぎても連絡なし。不合格を覚悟しましたが、おそらく、その日塾を終えて、帰宅したところで一緒に合否確認をしたのでしょう。合格の報を受けた時には目頭が熱くなりました(それにしても英語以外、どれだけ取ったんだろう、、、)。
またこれをもって、公立高校の受験を辞退、受験生活を終えたのです。

はたから見ていると、まだ余裕があるんじゃないかと思っていても、本人としてはぎりぎりの勉強をしていたようです。これが今後、いろんな局面で生きてくるのではないかと思います。

これから先も、うまくいくことばかりではないでしょう。
けれど、あの日のそれでも勉強をつづけた自分を忘れなければ大丈夫です。

胆力は、もう身についているのですから。

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