子どもの意思尊重。その先にあるもの

最近よく聞く言葉があります。

「子どもの意思を尊重しましょう」

もちろん、気持ちを無視しろという話ではありません。

嫌だった。
つらかった。
不安だった。
そういう感情に耳を傾けることは大切です。

だが、ここで一つ問題があります。

“気持ちを受け止める”ことと、“決定権を渡す”ことは別です。

ここを混同すると、なかなか厄介です。


例えば。

「今日は習い事に行きたくない」

このとき、

「どうする? 行く? 休む?」

と毎回交渉が始まる家庭。

子どもはどう学ぶでしょうか。

『嫌だと言えば環境を動かせる』

こう学びます。

一度それを覚えると、次も同じことが起きます。

疲れた。
眠い。
友達と遊びたい。
なんとなく面倒。

理由はいくらでも作れます。

もちろん、本当に体調が悪いなら話は別です。

ですが、“気分”で物事が決まる仕組みになると危険です。


勉強も同じです。

「今日は英語やりたくない」
「数学は難しいから嫌だ」

これをそのまま採用していたら、成績は伸びません。

なぜなら、人間は基本的にしんどいことを避けるからです。

むしろ、多くの場合は逆です。

やる気があるからやるのではない。
やり始めるから、やる気が出る。

最初の5分がいちばん重い。

でも、そこを越えると案外進む。

大人だってそうでしょう。


親の役割は何か。

子どもの“感情”を受け止めること。

でも、“進むべき方向”まで丸投げしないこと。

「嫌なんだね」
「疲れてるんだね」

ここまでは共感。

でも、そのあとが大事です。

「それでも今日はやるよ」

この線引きです。

親は友達ではありません。

その場の気分を肯定し続ける係でもありません。

長い目で見て、その子に必要なことを判断する役目です。


もちろん例外はあります。

ですが、

ただ面倒
難しいから逃げたい
今は気分じゃない

ここで毎回ブレーキを認めてしまうと、将来かなり苦しくなります。

社会に出れば、

「今日はやる気が出ないのでやりません」

が通る場面はほとんどありません。

だからこそ、子どものうちに学ぶべきなのです。

気分と、やるべきことは別だと。


優しい親ほど、この罠にハマります。

子どもの気持ちを大事にしたい。

その気持ちはよくわかります。

でも、優しさと甘さは違います。

本当に必要なのは、

感情を受け止めつつ、進む方向は大人が示すこと。

それが親の役割だと思います。

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